人は通常、「私は私である」という自己同一性を確認するための機能を心の中に持っています。その私が私を確認するためのツールが、知覚、感覚、意識、思考、記憶などにあたります。
これらは「過去」、「現在」、「未来」という時間の連続性と空間による位置づけによって「きのう私は友人と出掛けて、港の近くのケーキ店で甘さをひかえたモンブランケーキを食べて17時に帰宅した」といった具合に、自分の出来事や感じた事、場所や時間を振り返る事ができます。つまり、人は本来「一つのまとまりを持った私」として生活しています。
けれども、この「一つのまとまりを持った私」が強いストレスや心的外傷に及ぶ恐怖を経験すると、無意識に「自分を守りなさい」という命令を心と体に発信します。こうした無意識の防衛本能は知覚、感覚、意識、思考、記憶などを切断して、過去と現在との間に連続性をもたない私が現れます。この精神状態を「解離」と呼んでいます。
解離性障害では、以下のような日常生活のトラブルが生じます。
①気がつくと知らない場所にいた
②気がつくと何時間も経過していた
③朝目覚めると知らぬ間にリストカットしていた
④手や足が自分のものでないような感じがする
⑤もう一人の自分がいてよく会話をしている
⑥上から自分が自分を見ているような感じがする
⑦外の世界が平面的で現実味のない張りぼてのようだ
⑧一度も会ったことのない人から知人であるかのように挨拶される
⑨喜怒哀楽がなく、世の中は興味のないものばかりだ
⑩嘘つきや約束を守れないと人から言われるが心あたりがない
⑪恐怖体験や羞恥心が突如、現実であるかのようによみがえる
⑫死ね、殺せなどの他者の声が聞こえる
その症状の特徴は、非現実感、離人感、記憶の欠落、多重人格、感情の麻痺などがあります。
●解離性健忘
①気がつくと知らない場所にいた
②気がつくと何時間も経過していた
③朝目覚めると知らぬ間にリストカットしていた
④一度も会ったことのない人から知人であるかのように挨拶される
これらは解離性健忘にあたります。①は解離性遁走と呼ばれています。強度の心的外傷のストレスがトラウマ化して過去の記憶(自然災害、虐待、レイプ、愛する人の死別、借金等)を封印しているため、自分の中の過去の時間が現在と断絶しています。
最近の新しい記憶は残っていて、日常生活動作に問題はありません。ちなみに器質性の脳障害の場合は逆行性健忘と呼ばれ、古い記憶はよく保たれてますが、身体麻痺など日常生活動作に障害が見られます。出勤しなければならない日の朝、目覚めると他県のホテルの一室にいたなどということが頻発しても、当の本人は記憶にないため日常生活に支障をきたしてしまいます。
●離人症
①手や足が自分のものでないような感じがする
②上から自分が自分を見ているような感じがする
③外の世界が平面的で現実味のない張りぼてのようだ
④喜怒哀楽がなく、世の中は興味のないものばかりだ
これらは離人症に該当します。②は体外離脱体験と呼ばれています。感情や行為、イメージするものが自分のものでないようなに感じたり、自己所属感を失った状態です。疎外感と非現実感が、体、心、外界につきまといます。
また、現実感喪失によって③や④のような状態に陥り、うつ病を疑われることもあります。
こうした症状には、過去の自分を疎外させなければならない理由があります。他者に支配され、自由を犠牲にし自分を手放さなければならなかった理由が、過去の記憶の中に隠されているかも知れません。
●解離性同一性障害
①もう一人の自分がいてよく会話をしている
②一度も会ったことのない人から知人であるかのように挨拶される
③嘘つきや約束を守れないと人から言われるが心あたりがない
④死ね、殺せなどの他者の声が聞こえる
これらは解離性同一性障害に該当します。かつては多重人格とよばれていました。多いケースですと、20人以上の複数の人格が一人の患者さんに存在したという報告もあります。異なる人格同士でお互いに会話をしたり、他の人格に気がついていなかったりと様々です。
④のような「殺せ、死ね」などの自分を脅かす声が聞こえたりするため、統合失調症と診断されてしまうこともあります。こどもの場合には「想像の友だち(imaginary companion)」が解離性同一性障害のひとつの症状として現れます。
スタンリーキューブリック監督の『シャイニング』という映画の中で、一人息子のダニーが声音を変えて自分の人差し指とお話をするシーンがこれに該当します。米国では、解離性同一性障害の人の約70%が身体的虐待、約80~90%が性的虐待を経験しているという報告があります。
●フラッシュバック
①恐怖体験や羞恥心が突如、現実であるかのようによみがえる
これは心的外傷後ストレス障害(PTSD)や急性ストレス障害でも起きるフラッシュバックの症状にも該当しますが、解離性障害でも起こります。フラッシュバック とは、強いトラウマ体験(心的外傷)を受けた際、時間が経過して忘れている記憶が、突如鮮明に思い出されたり、悪夢として現れる現象です。
古くは、19世紀後半のヒステリー研究の症例の中に記述されている防衛機制のひとつです。精神分析の創始者S.フロイトの『ヒステリー研究』の中のO.アンナ症例やピエール・ジャネの『解離の病歴』の5つの症例の中にも見ることができます。症例のほとんどが女性であり、家族内の強度のストレス(母親が病気で父親はアルコール依存症、親との死別、近親姦等)を経験してます。
トラウマ化したその記憶は、心の部分では解離性障害、身体の部分では、声が出ない、歩けない、感覚麻痺などを伴う転換性障害(かつてのヒステリー)を発症します。現在でも解離性障害は男性よりも女性に多いと報告されています。
解離性健忘、離人症、解離性遁走、フラッシュバック、解離性同一性障害など症状をもったまま生活することは、対人関係において消極的にならざるを得ません。学校や職場などで、その状態の理解者は少ないでしょうし、その中で問題児扱いされたり、いじめにあってしまったり等の問題を抱えてしまう場合もあるかもしれません。当然、社会生活において孤独と恐怖を感じてしまう原因となってしまいます。
解離性障害の方は、感覚を麻痺させる事によって過去の恐ろしい体験から常日頃無意識に身を守っているかも知れません。けれどもその環境に虐待をするアルコール依存症の父親や支配的な母親が本人との関係を現状のままやり過ごしていたとしたら、症状改善は見込めないかもしれません。
ご家族様や先生、職場の上司や同僚に本人の症状を理解してもらうためにも、心理カウンセラー以外に精神科医、社会福祉士、公的機関(児童相談所、NPO法人シェルター等)との連携が必要となる場合もあります。現在、自室に引きこもってしまったあなたが社会生活圏(職場、学校、家庭)に身を置いた時、解離症状はあなたに回復のメッセージを送るかもしれません。
その発信元はあなた自身であり、あなたがこれから成長し、羽ばたこうとする「力」のあらわれでもあります。その「力」に少しでも気づいて応援見守りをしてくれる人を見つけることも、変化と成長への最初の一歩となるかも知れません。
家庭環境に安全地帯を見つけられない生育歴があり、親子間に心的外傷体験によるトラウマ(ネグレクト、身体的虐待、性的虐待等)や親子間の愛着形成に問題(支配的な親、無関心な親など)の複雑性PTSDの問題を抱えていますと解離症状の原因となる場合があります。その他には一過性の災害、事故、暴行、職場での激務や学校でのいじめ、長期的な監禁状態などによる急激な強度のストレスも解離症状の原因となる場合があります。
解離性障害は、過去の封印された記憶がトラウマ化し、解離の原因となっていることから、 その苦しい記憶を意識化させることによって、患者さんの人格に統合する方法をほとんどの心理治療法が行っています。
苦痛は、薬によって抑えることも重要ですが、薬物治療は常に薬を服用しなければならず、本来持っているその人の能力を下げてしまうかもしれません。
また、解離性障害の場合、有効な薬はまだつくられていないといわれています。
FAP療法では、苦しい記憶やトラウマ体験などを意識化し、トラウマにまつわるお話を詳細にお話をする必要がございません。FAP療法の幾つかの研究では、安全で短期間にトラウマの症状から解放されると報告されています。FAP療法を用い、トラウマ治療をご提案させて頂くと、安全な形でスムーズに、トラウマにまつわる解離状態から解放されて行きます。
「危険な場所にいるという感覚がない、楽しむという感覚がない、親や道徳ばかりを尊重して他人中心に生きてしまった自分しかない、自由や変化ということの意味を知らないし、自由や変化は無縁なもの」等の、このような思いが心の中で解放を待っているのかもしれません。