自分の仕事に対して精神的にも肉体的にも無理ができなくなった時、多くの人は「仕事の量を減らしたい」「もっと楽な仕事はないかな」と考えますが、経済的な問題を抱えていますとなかなかおいそれとは実行できないのが現状かも知れません。
子どもの養育費、家のローンや家賃、光熱費、手放したくない楽しみなど、衣食住プラス趣味や贅沢が完全にあなたの支配権を握っている状況は、無理をしなければならない状況にあなたを追い込んでいるかも知れません。
いずれは自分も無理を続けられなくなると分かっているのに仕事はやめられないという葛藤が高まると、日々のパフォーマンスは低下して、不安や焦り、抑うつ、身体的苦痛(腰痛、首、肩こり、自律神経の乱れによる下痢、便秘、頻尿、胃腸障害、めまい、動悸など)が慢性化します。
このような状況下に置かれますと、もはや自分の楽しみや喜びについて「感じる」感覚が鈍麻してしまいます。本来は、自分の喜びや楽しみを「感じる」感覚が先行しなければ、生きる喜びは見つけられないかも知れません。
仕事を辞めるかどうかという葛藤でいっぱいになった自分を脇に置いて、まずは自分の喜びや楽しみを「感じる」感覚に「ひさしぶり!」と声を掛けてみてください。
仕事を辞める時は慎重さが不可欠かも知れません。以下のような判断が、あなたの心の見えにくいところにくすぶっているかもしれません。転職前にあなたの状況や心理を客観的に判断できる相談者に相談をおすすめします。
・やりたいことが見つかった時
最も健康な転職理由ですが、中には「やりたいことが見つかった」という状況に陶酔したいがための転職で、中身が伴っていなかったりする場合があるかも知れません。一旗揚げて振り向かれたいという「見捨てられ不安」の解消が目的となった起業は長い目で見ると難しいかも知れません。他者から見られたい、注目されたいが自分の中で強調されている時は要注意かも知れません。
・自分ふさわしい仕事探し
すぐに何でもこなせるタイプの人で、職場への過剰適応が早く、それに見合ったインセンティブがないとやめてしまいます。入社して昇進も早い反面、上司や部下との対立が多く、対人関係でストレスを感じてしまいます。あれもこれもできる器用さが、裏目に出てしまうのかも知れません。実力があるにもかかわらず、あまり高評価されない苦しみを抱えています。自己愛の問題が本人を苦しめています。
平成30年度の厚生労働省「労働安全衛生調査」によると「仕事や職業生活で強いストレスを感じる事柄がある」労働者の割合は58.0%となっています。その主な原因は 以下のとおりです。
・仕事の質・量(59.4%)
・仕事の失敗、責任の発生等(34.0%)
・対人関係(31.3%)
(厚生労働省「労働安全衛生調査」平成30年)
上の調査内容は平成30年(2018年)のため、新型コロナウイルス感染拡大前のデータとなっています。
2020年度のはじめより労働環境は新型コロナウイルス感染拡大によって休業やリストラ、経営破綻、感染防止と経費削減のためのテレワークの導入などで、平成18年度とは状況が大きく変わり、失職や収入の減少、例えば5人でやっていた仕事を2人で処理しなければならないといった人員削減などから、非常に大きいストレスを感じてしまう労働環境をさらに強いられていると言えます。
ストレス原因のトップは仕事の質・量(59.4%)からもわかりますように、いかに多くの人が「仕事の量を減らしたい」「もっと楽な仕事はないかな」という新天地を日々思い描きながら、仕事の量と質に束縛されて自らに苦役を課しているかがよくわかります。
仕事の量と質の束縛は職務遂行の結果報告として、失敗、成功、責任として表現されます。「生活のため」と言い聞かせては責任感をもって失敗もせずに乗り越えて行く自分にプライドが高まります。何とかやり遂げた、自分を褒めてあげたい、部下からも賞賛されます。
ところが人事異動により、がらっと環境が変わると、その評価は空しくも過去のものとなります。亀を救ったせっかくの竜宮城の経験談と手柄話も、社内通達の異動メールのPDFという玉手箱を開くと、殺風景な海岸にたたずむ浦島太郎翁として社内で取り残されて、寄せては返す波の音に「あれはなんだったのか?」と問い掛けます。すると波は繰り返しこう応えます:「生活のため、しかたがない」「生活のため、しかたがない」、、、、、。
生活のために仕方がないとう頑張りが過剰になった状態が職場内の過剰適応かも知れません。そして、会社という集団システムは浦島さんに評価と報酬が永遠に続くという幻想を与えて過剰適応を操作します。
他者からの評価を求めすぎる心理は自分の本当の願望を見失わせます。職場の上司や同僚から評価されることに飢えている。他人が私をどのように思っているのか気になる。自分への評価が以前よりも少なかったり、あるいはレスポンスがないと、すぐに転職を考えてしまう。
どんな人も「よりよく生きること」を人生に求めています。その手段として自分にふさわしい職業を選択します。けれども、その誰もが「自分は何をしたいのか?」を熟考できる環境にいるとは限りません。自分は、謎だらけの自分と毎日過ごし、「よく生きよう」を具現化するべくあれこれやってみますが、どこか脱線している。生きる目的や自分のアイデンティティがはっきりしない。
そのもどかしさから、むやみやたらに本来望んでもいない地位、優越感やステータス、あらゆる資格や富を求めることで、「よりよく生きる」にすり替えている場合もあるかも知れません。
精神面も経済面も表面的には安定してみたものの、ぬぐい去ることのできない不全感が生活を支配します。
ところで職場という環境は、以下のような上司や同僚からの評価の声で「今、私はよりよく生きている」という生き甲斐らしいものを手っ取り早く提供してくれる場所です。
「あなたのおかげで今月も売り上げ目標を達成できた」
「○○さんがいると職場の雰囲気がよくなる」
「いつも正確な仕事をしていて○○君はだれよりも信頼できる」等々、
「わたしは評価されている」という喜びは増幅して、これ欲しさが過剰となります。
けれども休日は寝ているだけであったり、頭痛や倦怠感、抑うつを感じていたりします。再び、出勤して仕事に没頭すると元気になる。経済的安定や上司からの評価を求めることは自然なことです。
けれども、貪欲に評価を求めて過剰適応することで、仕事が「生き甲斐」や「没頭の対象」になってしまうと、本来の自分の「したい」を見失う場合もあります。
このように、職場は過剰適応によって「本当の自分」を邪魔もの扱いにしてしまう環境に豹変します。
時に職場は生きる目標のようなものを与えてくれたりしますが、その目標は「他者から評価されたい」にすり替わり、他人に振り回されて疲弊します。そしてそれは自分の想いとはかけ離れた、本当はどうでもよいが支配力だけは持っている幻想だったりするかも知れません。
過剰適応の心理の起源には、強い見捨てられ不安や親からのネグレクトのトラウマが潜んでいる場合もあります。「生活ため、仕方がない」が「親のため、仕方がない」に置き換わります。
これを認識して、職場と適度に距離を置かないと、適応障害やうつ病などの発症の原因となります。「わたしはわたし」という当たり前のことが、当たり前に聞こえなかったり、冷たく感じたりする人は要注意かもしれません。
DSM-5(精神疾患の分類と診断の手引き)の中で、適応障害は第7章心的外傷およびストレス因関連障害群に分類されています。
●適応障害(Ajustment Disorder)
その症状の特徴と診断基準
・はっきりしたストレスが原因で情動と行動の両側面に症状が表れます。
・主な症状
抑うつ(落ち込み、涙もろい、絶望感)、不安(神経質,過敏、分離不安、心配)、不安と抑うつの混合としても現れる。素行の障害(反社会的、攻撃的である)
・発症期間
ストレス因のはじまりから3か月以内
・急性の期間:6か月未満
・慢性の期間:6か月又はそれ以上
・仕事や人間関係での些細なミスや言動が不釣り合いなほど強度のストレス因となる。
そのストレスは文化の違いや出来事の文脈から想定できないほど強度の苦痛をともなう
・強度の苦痛が社会生活や職業の領域において機能の重大な障害を及ぼす
・近親者の死などによる死別反応(bereavement)は示さない
・ストレス因が一度終結すると、症状がその後6か月以上持続することはない
EAP( Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)は、職場環境で従業員のストレスケアを目的としたプログラムです。1929年のウォール街大暴落と世界恐慌によって、労働者のストレスは高まりアルコール依存症の問題が広まります。
「価値の高い社員がいて、その社員が病気ならば、その社員の回復を手助けすることはビジネスにとっても意義がある」
貴重な人材を失うことは会社にとっての損失であるという考えのもとにEAPは発展します。そして1950年代には、第二次世界大戦の帰還兵が戦争神経症(今日で言う心的外傷後ストレス障害)からうつ病やアルコール依存症の発症が急激に増加し、ますますEAPの必要性は高まります。1970年代には、従業員の抱える問題も多様化し、家族や夫婦の問題を扱うEAPへと発展します。
EAP導入以前の労使関係は、企業と従業員は対立する関係のシステムとして考えられていました。企業は、利益を追求しコストカットをしながら限界まで従業員を働かせるかを考えていました。これに対して、従業員は労働条件を勝ち取り、高い賃金と十分な休暇、福利厚生の充実を要求していました。
EAP導入後、企業も従業員も同じ方向に向かう同じ目標を達成するためのチームという考え方に変化します。企業の目的は、定款を作成し、利益を上げて株主に配当するように変化します。従業員の目的は、定款と同じ目的を持って個人の業績を上げることに変化します。企業は生産性の高い従業員を確保することが利益の確保をもたらすことから労働者への手厚いケアとしてEAPは普及して行くことになります。
現在の日本でも、EAPは厚生労働省の定めるメンタルケア対策のひとつとして多くの企業に取り入れられています。日本でEAPが普及したのは2000年頃で、その背景には従業員の過労によるうつ病などの問題が背景となった経緯があります。
EAPは、2000年に厚生労働省「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」(メンタルヘルスケア指針)で提案した「4つのケア」に貢献できるものされています。
1.セルフケア
労働者が自分の心の健康のために行うもの
2.ラインによるケア
職場の管理監督者(上司)が労働者(部下)に対して行うもの
3.事業場内産業保健スタッフによるケア
事業場内の産業保健スタッフ(産業医、衛生管理者、保健師等)、心の健康づくり専門スタッフ(精神科、心療内科等の医師、心理職等)、人事労務管理スタッフが行うもの
4.事業場外資源によるケア
都道府県メンタルヘルス支援センター、地域産業保健センター、医療機関ほか、事業場外でメンタルヘルスケアの支援を行う機関及び専門家とのネットワークを日頃から形成して活用すること
下のグラフは91.1%もの人が相談できる相手を持っていることを示しています。
ストレスから解放されたいという人々の爆発的な思いが強く伝わってくる比率です。
不快な悪い人生を誰も送りたいとは考えていないことを実証するデータとしてみることもできないでしょうか。相談してよくなりたいという気持ちが低下し、自暴自棄に陥っている場合は、うつ病や適応障害、複雑性PTSD障害によるトラウマの問題、様々な依存症などの問題が考えられます。
次のグラフはどのような相談相手に相談できるかというグラフです。
相談相手は家族や友人が84.8%とトップ、同じ環境に所属する上司や同僚が76.0%、続く産業医からは10%以下の8.6%、保健師又は看護師3.0%、カウンセラー3.0%となっています。
この順位は、同じ空間を常日頃から共有していることが、強い共感性と信頼の度合いを示すデータとして捉えることもできます。但し、同僚、上司からの共感や信頼性があなたの職場ストレスの発散として日常化すると、相談相手との深すぎる人間関係形成の結果、私情を挟んだトラブルに相手を巻き込んでしまい、退職や異動を余儀なくされることが多々起きます。
相談の専門家は相談者にストレスの原因を気づかせ、今まで見ていなかった部分を発見させてくれます。相談の専門家は、客観的にあなたの問題を把握し、あなたのストレスを意識の対象から解放します。そして本来備わったあなた自身の才能発見のサポートをしてくれます。とはいえ、カウンセラー等への相談比率は3.0%と非常に低い結果となっています。
2000年以降、EAP(従業員支援プログラム)が多くの企業に導入されてきたものの、相談の専門家が社会資源として有効に活用される環境が整備されていないことや相談することへの抵抗が、日本の文化的なものとしてまだまだ強く残っているように思えます。こうした状況は、従業員のメンタルケアを施せないまま、うつ病による自殺や過労死を招きかねません。
ブラック企業は以下の支配されやすいタイプを人材として求めて成長し全国展開します。
・借金などの経済的な問題で生活苦がある
・断れない人材
・言いたいことが言えない人材
・評価に飢えている人材
・まじめで失敗に対して罪悪感を感じやすい
・社会状況により仕事の選択肢が限られる
やりたくないことに支配される環境を何故か選んでしまう。あるいは職を転々とする。不当な環境なのではという疑問を持てず、「いい人」を演じて苦役に耐える。
このような人材をブラック企業は待っていますが、断れる力、言いたいことが言える力、評価に飢えない力が心の中に芽生えれば、メンタルに支障をきたすことなくその職場で健全に働けるか、又は転職を考えて飛び出すかができるはずです。
コロナウイルス感染拡大によって労働条件や就労支援は以前にも増して悪化しています。やりたくないことに支配される環境が蔓延している中で、それに振り回されずにしなやかに仕事をこなすためのメンタル強化は欠かすことができないかも知れません。
また、ブラック企業の体質を見極めるためには、ストレスやトラウマからの解放によって、あなた自身の「快/不快センサー」を取り戻す必要があります。
労働という言葉のイメージには何となく「苦しみ」を伴っているように感じられます。
旧約聖書『創世記』の中の楽園追放の話は、神様(ヤハーウエ)からアダムが一生涯労働の苦しみを罰として与えられたという話があります。
マルクス経済学も労働に伴う非人道的な問題をテーマにした思想です。労働基準法がない社会は、恐ろしい主従関係の絵だけしか思い描けません。
搾取、低賃金、不当な解雇、左遷、リストラ、権力支配、統制、サービス残業、研修、出張、過労死などこれらの言葉の背後に潜むどす黒いものからは解放されていたい、無縁でいたいと個人的にも感じてしまいます。つまり、自分を見失っていると自由を脅かされ、心と体を脅かす環境に変貌する場所が、恐ろしいことに労働環境(職場)と言えるのではないでしょうか。
職場は、怒りのやり場のない場所、緊張感、抑うつ、強いられた協調性、我慢、不安などを感じることが寧ろ当たり前である環境といえます。
このような環境の中で自分の労働力を売ってみたものの(労働力を売るというよりは疲労感を買っているといった方がふさわしい表現に思えます。)、その賃金がほんのわずかだとしたら、メンタルに不調を感じない方が異常かも知れません。
日本の労働環境は他の国と比較すると雇用形態、労働時間、母性保護関連が劣悪です。国際労働機関(ILO)の条約では、105号(強制労働の廃止)や111号(雇用及び職業における差別待遇禁止)がいまだに批准されていません。全労連から日本政府は以下の条約の早期批准を求められています。
<日本の未批准条約の一例>
・1号条約(一日8時間・週48時間制)、
・47号(週40時間制)
・132号(年次有給休暇)
・140号(有給教育休暇)などの労働時間・休暇関係の条約
気の合わない人がいることが当然と
嫌われることに恐怖を持たず
できないことはできないと言える
そこそこ人と仲良くもなれて
自分の楽しみも持っている
褒められる必要も、評価される必要もなく淡々と目の前の仕事がこなせている
こうした立ち位置をあなたの心の中に段々と育ててゆくことが治療の目標のひとつになるかもしれません。
支配は気にならなくなると、風と共に消えてゆきます。あなたの人生の主人公はあなたです。あなたは脇役に徹する必要はなく、支配を可能な限り減らせる環境を整備しなければなりません。
支配に焦点を合わせる(意識しすぎる)生活よりも、あなた自身の楽しみ、喜びに焦点を合わせられる生活をFAP療法を用いた形で短期の心理療法によって取り戻せればと思っております。