●複雑性PTSDについて
複雑性PTSDはアメリカ・ボストンの精神科医ジュディス・ハーマンによって提唱された概念です。暴行、性的虐待、家庭内暴力、拷問及び戦争のような長期の対人関係の外傷(トラウマ)に起因する状態を指しています。複雑性 PTSDは感情面、対人関係の機能の多くの領域における慢性的な側面で問題を抱える事が特徴です。
その症状として感情調整障害、解離症状(自分の感覚が麻痺してしまった状態)、身体愁訴、無力感、恥の感覚、絶望感、希望のなさ、永久に傷を受けたという感覚、自己破壊的および衝動的行動、これまで持ち続けてきた信念の喪失、敵意、社会的引きこもり、常に脅迫され続けているという感じ、他者との関係の障害、その人の以前の人格状態からの変化等が含まれます。
2001年にアメリカ・ボストンの、ジュディス・ハーマン氏らが率いる、暴力被害者援助チーム(Victims of Violence Team:VOV)の視察研修に専門家の方々と参加致しました。
VOVチームは暴力と犯罪被害が広まるアメリカ社会で、コミュニティを起点とした社会活動を行っており、国際レベルで高い意義の活動を行っている拠点です。暴力被害当事者への医療コンサルタントと、医学生等への有益なトレーニングも行っています。
このVOVチームの視察研修の中で家庭内暴力、そしてそこから派生する複雑性PTSDの問題と回復について学んで来ました。研修中、ジュディスハーマン氏の、トラウマの問題を抱えた暴力被害当事者に対する深い想いを感じました。
複雑性PTSDというカテゴリーについて考える時、ジュディス・ハーマン氏の暴力被害者、当事者の立場に立った視点、そして「本当の意味の治療って何ですか?」という社会へ投げかけるメッセージを感じます。
そしてトラウマ治療への深い情熱を実感致しました。
現在、複雑性PTSDは世界保健機構(WHO)が発行する、疾病及び関連保健問題の国際統計分類(ICD)の第11版に初めて診断基準として記載されています。
複雑性心的外傷後ストレス障害の診断基準は以下になります。
複雑性 PTSDは最も一般的に、逃れることが困難もしくは不可能な状況で、長期間・反復的に、著しい脅威や恐怖をもたらす出来事に曝露された後に出現します。(例:拷問、奴隷、集団虐殺、長期間の家庭内暴力、反復的な小児期の性的虐待・身体的虐待)
診断はPTSDの診断(再体験(フラッシュバック)、過覚醒、回避麻痺症状)
に加え、以下の様な深刻かつ持続する症状によって特徴付けられる。
これらの症状は、個人・家庭・社会・教育・職業・その他の重要な領域で深刻な機能不全をもたらしている。
複雑性PTSDの状態は、特に幼少期からの家庭内での虐待(身体的・性的)、ネグレクト(情緒的ネグレクトも含む)の問題が反復的に続く事によって引き起こされます。以下の様な状況が家庭内で起こっていた場合、大人になっても幼少期の影響が様々な場面で「生きづらさ」として出てくる事は良くみられます。
複雑性PTSD研究では、幼少期の家族からの虐待のトラウマを抱えている場合、複雑性PTSDを発症しやすく、その症状の重症度はPTSDの症状と比較して重篤になる傾向がある言われています(Marylene Cloitre 他 2019)。
そして複雑性PTSDの治療は、その症状(希死念慮、自傷行為等)が重症である事から、その治療は難易度が高く治療期間が長くなってしまう傾向があるとしています(James A.Chu MD 2011)。
当相談室では複雑性PTSDの問題に対し、安全かつ短期的に効果を示すFAP療法をご提案致しております。
お客様が本来お持ちでいらっしゃる、これまでの状況を超えて来られた「力」を大切にさせて頂きながら、スムーズに幼少期の虐待の問題に起因する複雑性PTSDの治療をご提案させて頂きます。
複雑性PTSDのカウンセリングの中でセラピストとして実感する事は、複雑性PTSDの症状の回復は、症状の改善はもちろんの事その方の「生き方」が変わるという印象があります。
実際に精神科医のジュディスハーマンが述べているように、複雑性PTSDは感情面、対人関係の機能の多くの領域における慢性的な側面で問題を抱える事が特徴です。つまり複雑性PTSDからの回復というのは「生き方が自由になる」と言えるでしょう。
対人関係、自己評価、将来の希望や展望等、様々な側面での回復が実際にカウンセリング場面で変化として起こっています。その回復の姿は非常に「自由で美しい」と実感します。幼少期の長期の虐待のトラウマから解放され「本来の姿」に戻っていく。それが複雑性PTSDからの回復と言えるでしょう。
以下に複雑性PTSDのカウンセリング例について述べていきたいと思います。
●ご相談内容
人に対する恐怖感。また特に男性に対する恐怖感を抱えておられた。
時折、男性を前にすると恐怖感がフラッシュバックしてしまう。その為、常に不安と緊張感を抱えて生活をしていた。日常生活はトラウマの症状を回避するために狭められてしまい、かつ疲れやすくなっていた。
またCLの自己評価が低く、一方周りの人を必要以上に過大評価してしまう傾向があった。その為、人間関係の中では、CLを搾取する関係性に入ってしまい「いい人」のポジションから抜けられない状態があった。
●問題の成り立ち
父方の家系では祖父がアルコール問題を抱えていた。そして祖父は女性問題も同時に抱えていた為、祖母は常に祖父との葛藤を抱えていたという。
また祖母は父の兄弟達を大切にするが、しかし父親はその兄弟の中で一人だけ大切にされない存在であった。時折、祖母から父親は暴力を振るわれていた事もあったという。
父方の家系で父親は祖母から暴力を受けており、そしてCLに暴力を振るう事で「トラウマの逆再上演」が起こっていたと考えられる。またCLの母は共感能力に欠けており、CLの状況を理解しサポートする事が難しい人であった。
これらの事から、父は上の世代から暴力を受ける事で「トラウマの再上演」を下の世代のCLにし、かつCLは母親から守られない状況の中で「父親の暴力のトラウマ」を受けて来た経緯が確認された。
CLの抱える症状、人、特に男性に対する恐怖心とフラッシュバックは、これらの暴力のトラウマに関連する複雑性PTSDの症状として考えられた。
人や男性に会うとフラッシュバックしてしまう為、その状態を回避する為に日常生活の範囲までもが狭まれてしまっていた。また常に過剰覚醒(緊張・不安)があり、疲労感を抱えていたと考えられた。
●経過
面接の中で、FAP療法を用い「父親からの暴力のトラウマ」についてトラウマ治療を行っていった。当初CLは父親の暴力のトラウマに関連する、フラッシュバックに日中悩まされていた。そしてその恐怖心が心を占めており、その為「自分が何を感じているかわからない」という感覚麻痺の状態であった。
FAP療法によって「父親からの暴力のトラウマ」についてトラウマ治療を進めていくうちに、フラッシュバックの頻度や強さが和らいで来たのを確認出来た。
それまでフラッシュバックと共に感じていた、絶望感の感覚も薄らいでいったのでした。
この絶望感は暴力を受けていた当時、CLが感じていた感覚がフラッシュバックしていた事が分かったのでした。そして次第にCLは喜怒哀楽の感覚がある事を実感できるようになったのでした。
それまで対人関係では「周りは凄い人で自分は劣っている」と信じ切っていたが、自分の感覚が感じられると共に、周りの人達のそれまで見えなかった姿も分かって来られる様になったのでした。それまでCLは「周りは正しくて、CLは間違っている」と信じていたのでした。しかしその信念は少しずつ変化し始め、そしてCL自身の持っていた「力」も感じられるようになったのでした。等身大の自己評価が少しずつ育ち始めたのでした。
自分の感覚を取り戻すにつれ「自分(私)」という存在が育ち始め、それと同時に関わる人間関係が変わって来たのでした。それまでの人間関係は「傍にいてくれるなら一緒にいる」という感覚で一緒にいたのでした。しかしその人間関係を振り返ってみると、対等ではなくどちらかというと不快感がある事が分かって来たのでした。
相手の中にある一見すると優しさの中に、相手の攻撃やズルさを実感し、その苦しい人間関係を整理する事が出来る様になったのでした。
それまでの低い自尊心を抱えていたCLであったが、逆に苦しい人間関係の中にい続けた事で、自尊心が逆に育たなかった悪循環があった事に気がついたのでした。
少しずつ「父親からの虐待のトラウマ」について、FAP療法で治療を進めて行くにつれてCLは「私って良いもの」って自然に思えるようになって来たのでした。
ご来室当初抱えていたフラッシュバックは改善し、穏やかな時間と日常を過ごせる様になった。それと同時に集中力が上がってこられ、仕事のパフォーマンスが上がって少しずつ自分への自己評価が上がって来たのでした。それまでトラウマによって感覚が感じられなかったCLであったが、「父親からの暴力のトラウマ」から解放され「私は私のままでいい」という楽で自由なスタンスでいられる様になったのでした。
●複雑性PTSDはアダルトチルドレン(AC)、HSP等の問題と関係性が考えられる場合もございます。FAP療法についてと合わせてお読み頂ければと思います。