ICD-10(世界保健機関の国際疾病分類の10版)では「病的賭博」という名称で、DSM-5(アメリカ精神医学会の精神疾患の分類と診断の手引5版)では「ギャンブル障害」という名称で呼ばれています。一般的には、「ギャンブル依存症」の名称が広く使用されています。
下世話な表現ですと、「博打うち」や「ギャンブラー」に相当するでしょうか。 身近にギャンブルの問題を抱えたことのある人でない限り、「ギャンブルが精神疾患のひとつなんて大袈裟では?」などと思われるかも知れません。
パチンコに没頭するあまり、わが子を真夏の車内に放置して死に至らせてしまう事件は毎年のように起きています。2001年5月、東北の消費者金融での強盗殺人・放火事件は、ギャンブルによる借金苦で、犯人が店内にガソリンをまいて放火し、従業員5名が死亡、負傷者4名が出てしまった凄惨な事件でした。ギャンブル癖を注意したことで起きる家族間トラブルや事件は「なぜ殺人まで犯してギャンブルのために金銭を無心したの!?」と首をかしげたくなるのではないでしょうか。
一般の方が「1億円の宝くじが当たりますように」と祈願する時、当選の期待感と落選の現実感が均衡を保ち、「次こそは当てて見せる!」という「深追い」をしません。運よく当たったとしても、より良い暮らしのためにそのお金を使用したいと考えます。
ところがギャンブル依存症者は、ギャンブル行為に伴う高揚感にとりつかれてギャンブルをしています。そのため、お金に困らない安定した暮らしなどは二の次になってしまうほどギャンブルに没頭しています。「次こそは当てて見せる!」、「今度こそ2等でなく1等をとる!」という「深追い」が、当たっても外れてもおさまりません。
ギャンブルとは「金銭や品物などの財物を賭けて偶然性の要素が含まれる勝負を行い、 その勝負の結果によって賭けた財物のやりとりをおこなう行為」を指すと定義されています。
(出典:令和2年度 依存症に関する調査研究事業「ギャンブル障害およびギャンブル関連問題の実態調査」報告書概要 独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター 2021年8月)
●依存症と現実の感覚
令和3年9月1日に改正されたギャンブル等依存症対策基本法(平成三十年法律第七十四号)では、「日常生活が円滑に営むことができるように支援する」という理念が第三条で述べられています。
本人や家族がこの資源を知り、「そうか,自治体のギャンブル依存症に有効なサービスを使用しよう」と思い立ち、内省と自発性によってすぐに行動に移せる人は、ギャンブルによるトラブルには至らないでしょうが、ギャンブル障害の人はギャンブル行為が底をつかないと自己変革が困難な場合があります。
「底つき」とは、自分の意志によって、自分がなんとかしなければ誰も相手にしてくれず、法に触れる事件に巻き込まれ、命を危険にさらししかねない状況のことです。この状況に陥ることで、依存対象に依存していた自分が、トラブルを起こして他人に依存しなければ生きられなかった自分に気がつきます。
たとえばニコチン依存症者では、心臓疾患や肺がんを経験してはじめて我に返り、自治体のサービスを使用しながら本腰を入れて禁煙をはじめたいと自分自身に言い聞かせます。
このように、自分を変えたいという自分自身から発せられる心の声が依存症の人には聞こえにくくなっているかも知れません。そのため、依存症の人は自分の命の危険や法律に触れるトラブル、事件などの大きな後悔によってはじめて目が覚めます。そこまで自分を不安や焦り、後悔と恐怖に追い込まなければ、依存症の人の心には後悔や罪悪感が現実味を帯びてきません。
依存症の人は、そうでない人に比べて現実(あるいは社会)から遠く離れたところにあるかも知れません。
過剰適応ができる人は、どんなに過酷で苦しい環境でも生きていられるエネルギーと力を持っています。過酷で苦しい環境は他者から服従と忍耐を強いられます。けれども過剰適応の人は平然としていられます(平然としなければなりません)。
他者である友人、知人、会社の同僚、家族らは、様々な要求を過剰適応の人にお願いします。お願いされることがあまりにも日常生活でルーティン化すると、過剰適応の人の蓄積した怒り(ストレス)は没頭できる対象にのめり込みます。
我を忘れて没頭するときの「我」とは、封印した本来の自分の欲求や願望の叫びですから、この声に依存対象(ギャンブル)という耳栓を求めながら、社会集団の中で再び不本意な自分を演じなければなりません。
このように、依存症の人には過剰適応の問題が隠れている場合が多く、成育歴や家族構成を聴取することで、ご本人が気がつけなかったトラウマの問題がそこに見つかることがあります。
依存症の人が本来持っているはずの、自分を知る力や「今ーここ」にいる自分という感覚、内省できる力、快不快のセンサーなどを奪ってしまうことで、ある種の負の役割が依存症の人に与えられます。それが苦しみを苦しいと感じさせない過剰適応です。
夫婦間、親子間に機能不全や欲求不満があり、怒りの抑圧(抑うつ感)があったり、お互いが無関心(ネグレクト)である時、過剰なストレスを回避するべく何かに没頭する環境は、当然必要となります。
没頭は手っ取り早く自分を楽しませるもの、つまり、そこでギャンブルを選択した時、本来は、生きる目標や人間関係の中で味わうはずの高揚感や喜びは、すべてギャンブルによって人生を過剰に浪費する結果を招きます。
過剰適応の人は、他者を尊重する力が非常に優れています。過剰に適応できるが故に、器用に立ち回り、如才なく何でもできてしまうことが禍します。
「あなたの喜ぶ顔がみたい」を真摯に、そして疑うことなくそれを過剰に実践しなければ、生きがいや喜び、安心感を得られなかった家庭環境が背景にあるかもしれません。 常に自分の欲求や願望などのエネルギーは、以下のように他者へ働きます。
・病弱だけど働く母の喜ぶ顔が見たい
・裕福だけどケンカばかりしている両親のケンカを阻止するために俺が問題を起こそう
・父が私に暴力をふるうのは、私以上に大変で仕事で苦しめられるからだ
・夫がいつか借金を返そうとギャンブルに手をだすのは仕方ないのかも
これらはすべて、健康で快活に生きるために、本来自分に向かって使われなければならないエネルギーや才能、能力です。しかし、人から必要とされることをやめると、自分が何をしたいのか皆目わからなくなりますから、トラブルの渦中で自分のエネルギーを浪費して,負の役割を演じることで不思議な満足感を得ます。「荒行をやってのけた」「誰にもできないことをやっている」そんな満足感でしょうか。
また、何でもできてしまう万能感は、ある種の支配力でもあります。 「自分のこの万能感があれば、なかなか当たりっこない宝くじ、パチンコ、パチスロ、競輪、競馬も当たるはずだ、そして、みんなに大盤振る舞いができる!」
他人から支配され自由を奪われ、大盤振る舞いをして、自分には何も返ってこないどころか、 イライラと憂うつと極端すぎる高揚感、それに虚しさに振り回されても、自分はみんなを支配しているという心理が心の奥深くにあります。支配の関係は以下のように
他者⇨本人⇦ギャンブルの板挟みで、ドーパミン過剰放出による脳機能への影響が出はじめると、自分に使う人生のエネルギーを浪費していることに気づきにくく、先ほど述べました「底つき」による危険なトラブルを待つ状況に陥ります。
DSM-5(精神疾患の分類と診断の手引き)の物質関連障害及び嗜癖性障害群の中に、「すべての薬物は過剰に摂取されると、共通して脳の報酬系の直接的な活性化を引き起こしており、その報酬系は行動の強化と記憶の生成に関与している」(P.473)と述べています。
そして、脳の報酬系の活性化は「時には“ハイ”と呼ばれるほどの快楽の感情を生み出す」と述べています。
ギャンブルは薬物ではありませんが、薬物と同じような脳の報酬系の活性化を生じさせ、その行動や症状も薬物依存と同じような状態を示すと述べています。
脳の報酬系の活性化は”ハイ”と呼ばれる快楽の感情によって、依存症の方の人生の支配権を握ってしまいます。これによって自己への深い内省が失われてゆきます。内省がなくなると、楽しさと自分という二者間だけを行ったり来たりします。
この時、脳内では線条体と呼ばれる部位から、大量のドーパミンを出すことによって快感をもたらします。ドーパミンは大量に放出されると、その受容体数は減少すると言われています。
減少すれば、再び大量に出さなければ快感を得られなくなるため、強い刺激によってさらに多く放出してゆきます。これが高じるとドーパミンは減少し、極度の無気力や無関心、うつ状態に陥ってゆきます。
こうした脳の状態は薬物中毒患者の脳の状態と同等であるということが、MRI画像によって研究報告もされています。
また、共感性や社会性、道徳的判断をする脳の部位に萎縮が見られたという研究結果も報告されています。待てない、短気、自己中心性、他者からの批判に対する脆弱性などの性格傾向が顕著になります。
けれどもこの問題を、ドーパミンの過剰放出という、脳内の神経伝達物質が原因であるとしてしまう前に、ドーパミンを過剰放出させるストレス因子を見逃してしまうと、根本的な解決策にはなりません。ドーパミンの過剰な放出をどうしてその人は必要としたのかをご本人に気づいてもらえるように面談することが、心理カウンセラーには欠かせません。
家庭崩壊や多額の借金を背負ってしまうギャンブル障害は、行為(プロセス)の依存症に分類されています。 一攫千金を夢見てギャンブルにのめり込んでいるわけではなく、 ギャンブル行為に伴う興奮やその時の高揚感を得ることが目的となっています。
DSM-5では物質関連障害および嗜癖性障害群の章の非物質関連障害群に分類され、その診断基準は以下のとおりです。
●ギャンブル障害の診断基準
持続的で反復的な賭博行動が12か月の間、以下の4つ(又はそれ以上)を示したときに当てはまります。
1.興奮を得たいがために掛け金を増やして賭博をしている
2.賭博を中断、中止すると落ち着かず、イライラする
3.ギャンブルを禁止することに、何度も失敗している
4.ギャンブルに心を奪われギャンブルの計画、再体験、ハンディをつけることを常に考える。
5.無力感、罪悪感、不安、うつの時にギャンブルをすることが多い
6.賭博でお金を損失すると、後日失った金銭の深追いをする
7.賭博へののめり込みを隠すために嘘をつく
8.ギャンブルで、重要な人間関係、仕事、教育、または職業上の機会を危険にさらし失う
9.ギャンブルで経済状況が悪化し、他人にお金の無心をしている
DSM-5では、ギャンブル障害になりやすい人格特徴を以下のよう挙げています。
歪曲された思考:否認、迷信、偶発的な出来事の結果を越える力と支配力の感覚、自信過剰が存在していることがある。
1.「衝動的で、競争心が旺盛で、精力的で、落ち着かず、そして飽きやすい」性格の人
2. 他人からみとめられるかを過度に気にしており、賭博に勝ったときは浪費といえるほどに気前がよい
3. 抑うつ的で孤独であり、無力感、罪悪感、もしくは抑うつを感じたときに賭博をする
2018年に施行されましたギャンブル等依存症対策基本法は令和3年9月1日に改正されました。
「ギャンブル等依存症」を「ギャンブル等にのめり込むことにより日常生活又は社会生活に支障が生じている状態」と定義しています。
ギャンブルは多重債務、貧困、虐待、自殺、犯罪等の重大な社会問題を生じさせているため、 国、地方自治体、関係事業者、国民は、ギャンブル等依存症防止のための施策を策定し、 ギャンブル等依存症に関しての啓発や予防を推進するよう義務付けられるようになりました。
その法律の啓発運動のひとつが令和3年の秋頃に頻繁に見かけた市営地下鉄車内の映像広告だったようです。その内容は、依存症を問題にした情報が繰り返し流されていました。
「依存症は誰にでも起こりうる精神疾患です」と強調していました。
新型コロナウイルスの蔓延と慢性化によって巣ごもりの時間が増えたことは、感染予防のために外出をなるべく避けなければならない環境を強いられます。
人との接触に危険を感じながら、限られた空間の中で生活するストレスは、何かに没頭して楽しみを見つけたい気持ちをより一層強くします。
その没頭できるものをあまりにも簡単に入手できる環境を、社会はインターネットによって万遍なく我々に解放しています。 家の中でも様々なオンラインギャンブルができる環境すらあります。まさしく依存症が誰にでも起こりうる危険性が、オンライン社会以前の頃に比べて、非常に高くなったと言えるでしょう。
けれども、こうした環境下でも依存症にならない人のほうが断然多いのは、我を忘れて何かに中毒になり没頭する必要がないからです。一か八か、運試し、ついている、ついていない、などのあてにならない偶然性にあやかることには現実性と信頼性を感じないからです。
ギャンブル依存でない人にとって偶然性は、日常的な喜びの次元とは異なるものという認識があります。中毒化すると生活が破綻するという線引きができています。植木等さんの歌「スーダラ節」の「ウマで金儲けした奴はないよ」というフレーズに疑いをはさみません。
令和2年度 依存症に関する調査研究事業「ギャンブル障害およびギャンブル関連問題の実態調査」報告書概要(独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター)では、SOGS(South Oaks Gambling Screen)というアメリカのサウスオークス財団が開発した病的ギャンブラーを検出するための自記式スクリーニングテストによって、「家族や重要な他者のギャンブル問題から受けた影響」を調査しています。
11項目の中のひとつで下から3段目の「子への暴力や不適切な養育をしてしまった」が男性0.8%、女性1.1%、全体の1.0%と非常に低くなっています。
(出典:令和2年度 依存症に関する調査研究事業「ギャンブル障害およびギャンブル関連問題の実態調査」報告書概要 P.3 独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター 2021年8月)
ギャンブルにのめり込んでいる姿やギャンブルにまつわる日常のトラブルに子どもを巻き込むことが、子の成長にとって悪影響であるという親の認識の低さがこの数値から伺えます。
病的ギャンブラーが浪費、借金による経済的困難が生じ、パートナーが怒りを感じて別居する、こうした環境をわが子に晒すことへの自覚の低さは、ある種の虐待と同等であり、全体の1.0%という結果は、虐待を虐待と認識していないことを表しているとも取れます。 SOGSの得点結果は5点以上を、病的ギャンブラーと判定します。
(出典:令和2年度 依存症に関する調査研究事業「ギャンブル障害およびギャンブル関連問題の実態調査」報告書概要 P.3 独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター 2021年8月)
一番右側の小児期逆境体験とは、18歳までに被虐待体験、精神疾患のある人との同居、両親の離婚の経験があった病的ギャンブラーは1,834人中56人で34.8%と決して少なくはありませんが、わが子への虐待を躾という認識でいる被虐待者は多く、潜伏数が気にかかるところです。
家庭内の長期化した虐待は、複雑性PTSD障害を抱えることが多く、ギャンブル障害にもトラウマ治療の必要性は否めないといえましょう。
幼少期からのトラウマの恐怖を抱え生きる時、人は依存の対象物でバランスを取りながら生きる場合があります。
幼少期の家庭環境における葛藤やトラウマ、トラウマの影響から派生する対人関係の孤独感を落ち着かせるため「ギャンブル」という対象物で、その恐怖を落ち着かせてバランスを取るのです。
当相談室では、ギャンブル障害の根底にある幼少期のトラウマの問題について、安全な形で効果を発揮できるFAP療法を用いご提案致しております。
トラウマの問題から解放されるにつれて、本来ご自分が求めている人生のベクトルを掴みながら、そして心から満たされる人生を歩むことが出来るのです。