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複雑性PTSDに対するFAP療法の研究

未分類   2021/01/10 (日)  11:29 AM

 

複合性PTSDに対するFAP療法の有効性

児童虐待(身体・ネグレクト)のトラウマへの短期的アプローチ

 

 

  カウンセリングルーム・グロース 大塚 静子

インサイト・カウンセリング 大嶋 信頼

 

 

<抄録>

 

    幼少期からのトラウマの影響は、大人になってから抱える症状に影響するとしている(Marylene Cloitre et al, 2009)。また複合性PTSDはPTSDと比較すると攻撃性や自傷傾向が高くなる傾向があり(Kevin F.W. Dyer 2009)、結果、その治療は難易度が高いため混乱しやすく治療期間が長くなる傾向があるとしている (James A.Chu MD 2011) 。

 日本では複合性PTSDに短期間に安全な形で効果を示す、FAP療法(Free from Anxiety Program)がある。FAP療法は2001年に大嶋によって創始された日本独自の療法である。PTSDの諸症状の改善や恐怖症の克服、パニック障害等の幅広い問題に効果を示すと言われている(大嶋 2001;久藤 2003;大塚 2018, 2019)。

    今回の研究では複合性PTSDの問題を抱える20人を対象に、FAP療法を用いトラウマ治療を行った。各参加者を身体的虐待、ネグレクトの2つのカテゴリーに分類し、面接開始時と終結時に各参加者にPCL-S, GHQ12に答えてもらった。各虐待のタイプによる複合性PTSDの重症度、またFAP療法の有効性(平均面接回数、終結時の各テストスコアと臨界値との比較検討)ついて分析した。

 

※2020年国際トラウマティックストレス学会発表ポスターはこちらをご参照下さい。

 

1.はじめに(Introduction)

 

 複合性PTSDは、様々な症状を呈し、人格の永続的変化、自傷行為、身体的問題、認知側面、情緒面、行動面、人間関係の問題など多種多様な領域で問題を抱えるとしている(Judith Lewis Herman 1992) 。その治療は難易度が高いため、混乱しやすく治療期間が長くなる傾向があるとしている(James A.Chu MD 2011, Bessel van der kolk,2014)。

 またトラウマの記憶は、記憶から消しされてしまう傾向があるとし(Allison G.Harvey 2005)、トラウマ性健忘は、幼少期における虐待の問題を示唆する心理的症状であるとしている(John Briere et al 1993)。John Briere(1993)らの性的虐待の既往歴のある人を対象とした研究では、被験者の59,3%が18歳以前の虐待の記憶の健忘があったとしている。より重篤なトラウマを経験した人は、記憶に関するパフォーマンスが乏しくなる研究もある(Reginald D.V.Nixon et al 2005)。

 複雑性PTSD の問題をトラウマ治療していくにあたって、トラウマ性健忘により症状の元になるトラウマにアプローチしていく事が難しくなる可能性が考えられる。

 トラウマ治療の主軸として考えられる認知行動療法では、PTSD治療に有効であると多く報告されている(Foa et .1991;Foa&Riggs,1993; Foa at al 1994)。しかしその問題点としてトラウマ性記憶を言語化し再体験する事で、クライアントの適応が落ちてしまう問題や(Pitman et al 1991, Rothbaum 2000)、ドロップアウト率が高くなる問題があるとしている(McDonagh-Coyle 2005)。

 つまり複合性PTSDの治療は多種多様な問題を呈し、治療は難易度が高くなってしまう。また認知行動療法はPTSD治療に有効とされているが、治療経過において適応が下がったりドロップアウトの問題もあることが考えられる。またトラウマ性健忘によって本当のトラウマの問題にアプローチ出来ない可能性も考えられる。

 上記の様なトラウマ治療への難点をクリアする脱感作療法としてFAP療法がある。FAP療法は2001年に大嶋によって創始された、日本独自の脱感作療法である。PTSDの諸症状の改善や恐怖症の克服、パニック障害などの幅広い問題に効果を示すと言われている。

 これまでのFAP療法の研究において大嶋(2001)は症状が速やかに改善され、治療中にネガティブなイメージが湧き上がらず、ターゲットとしてイメージを思い浮かべる以外に苦痛がないと述べている。

   また久藤(2003)は、FAP療法処方前と後で効果を判定した結果、その効果は有意差を認め、効果の持続性については2~4週間後も効果は持続し、性別に差はなく効果があらわれているとしている。

 大塚(2018 , 2019)はFAP療法の治療効果について、トラウマによって解離した記憶と感情が統合される事で感情が感じられ日常の適応が上がると報告している。 

    今回の研究では複合性PTSDの問題を抱える20人を対象に、FAP療法を用いトラウマ治療を行った。各参加者を身体的虐待、ネグレクトの2つのカテゴリーに分類し、面接開始時と終結時に各参加者にPCL-S, GHQ12に答えてもらった。各虐待のタイプによる複合性PTSDの重症度、またFAP療法の有効性(平均面接回数、終結時の各テストスコアと臨界値との比較検討)ついて分析した。

 

 

2.方法(Methods)

 

<対象>

・参加者(20人)(男性:7人、女性:13人)

・年齢(25歳~65歳)

 

<尺度>

・PCL-S (Post traumatic stress disorder Checklist Scale)

・日本版GHQ12 (The General Health Questionnaire 12 items Japanese    version)

 

<データ分析>

1)  カテゴリー別(身体的虐待、ネグレクト)に面接開始時のPCL-S,

    GHQ12の平均値スコアを 比較

2)面接終結時 のPCL-S, GHQ12の平均値と各テスト臨界値との比較

3)面接開始時と面接終結時の各テストスコアの有意差を検討

4)相談回数とPCL-S、GHQ12における判別分析

 

 

3.結果(Results) 

 

1)カテゴリー別(身体的虐待、ネグレクト)に面接開始時のPCL-S, GHQ12の平均値スコアを比較

  

・虐待の種類(身体的虐待、ネグレクト)と初回PCL-S. GHQ12のスコアは関係な

い。

・トラウマの症状が高くなるとGHQ12スコアが高くなる。

   

 2)面接終結時 のPCL-S, GHQ12の平均値と各テスト臨界値との比較

 

・PCL-S    面接開始時(44)⇨面接終了時(33)   臨界値 45~50

・GHQ12  面接開始時(5 ) ⇨ 面接終了時(3)    臨界値  3   

・平均面接回数 14回

   

 3)面接開始時と面接終結時の各テストスコアの有意差を検討

 

・PCL-Sの面接開始時と面接終了後で比較した結果、有意差を認めた。

・GHQ12の面接開始時と面接終了時で比較した結果、有意差を認めなかった。

 

4)相談回数とPCL-S、GHQ12における判別分析

 

<PCL-S> 

面接回数が上がるにつれて1、2、3、4、5(再体験)、6、7(回避)のスコアが上がる。一方11(感覚麻痺)のスコアが下がっていた。

 

<GHQ12>

面接回数が上がるにつれて集中力、不眠傾向、判断力、ストレス、問題解決力、楽しく生活できるスコアが上がる。一方、生きがいを感じるスコアが下がる。 

 

 

4.考察(Discussion)

 

 面接終結時の各テストスコアは、それぞれPCL-S(面接開始時:44⇨面接終結時:33), GHQ12(面接開始時:5⇨面接終結時: 3)と臨界値以下であった。また面接開始時と終結時の各テストスコアを比較した結果、PCL-Sは有意差が認められた。よってFAP療法は平均面接数14回と短期的で複合性PTSDの問題に効果を示すことが分かった。

 当初、虐待の種類によってPCL-S、GHQ12のスコアに影響があると仮説を立てていたが、身体的虐待、ネグレクト等の虐待の種類によって各テストスコアに関連がない事がわかった。

 またPCL-Sの判別分析の結果では、面接回数を重ねるにつれて「再体験」、「回避」のスコアが高くなり、一方「感覚麻痺」が改善する結果となった。GHQ12では面接回数を重ねるにつれ、「集中力」、「不眠」、「判断力」、「ストレス」、「問題解決力」、「楽しく生活できる」等の項目が改善していたが、一方「生きがいを感じる」スコアは下がっていた。

 つまりFAP療法の効果としてトラウマによる感覚麻痺が改善し、快と不快の感覚に的確に反応する事ができ、不快を回避する事ができる事が考えられた。それによってGHQ12の項目(1,2,4,5,6,7)「集中力」、「不眠傾向」、「判断力」、「ストレス」、「問題解決力」、「楽しく生活できる」スコアの改善に繋がったと考えられる。

 GHQ12の「生きがいを感じる」スコアが下がった点について、トラウマの問題から解放された経過の中、それまでトラウマの問題を抱え生きる事が「人生の目的」となっていた事が考えられた。複合性PTSDから回復後の「新たな生きがい」を模索していく重要性が、GHQ12のスコアから示唆された。

 以上FAP療法はトラウマ治療に有効であり、今回の研究では平均面接回数14回という短期間にPCL-S, GHQ12の臨界値以下のスコアを示し複合性PTSDへの効果を示す事ができた。

FAP療法は様々な問題を呈し難易度の高い複合性PTSD治療において、安全な形でトラウマの問題から解放され、新たな自己を生きて行く事をサポートできる非常に有効な治療法であると言えるだろう。

 

 

5. 研究の限界(Limitation)

 

・参加人数が20人と少数であった点。

 

 

6.参考文献(References)

 

・Allison G.Harvey. (2001). Reconstructing trauma memories:A prospective study of   

    “Amnesic”trauma survivors. Journal of Traumatic Stress,14(2), 277-282.

・Bessel van der kolk. (2014). The Body Keeps the score. Penguin books, New York.

・Fumio Kuto. (2003). FAP (Free from Anxiety Program) in the Clinical Practice of   

 Psychosomatic Medicine – II. Statistical Examination and Thoughts on Techniques. 

 Japanese Journal of Addiction & Family, 20, 173-196.

・Foa,E.B., Rothbum,B.O., RIggs,D.S., & Murdock,T. (1991) . Treatment of post-traumatic  

 stress disorder in rape victims:A comparison between cognitive-behavioral procedures 

    and counseling. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 59, 715-723.

・Foa, E. B., & Riggs, D. S. (1993). Post-traumatic stress disorder rape victims . In J. 

    Oldham, M. B . Riba, & A.Tasman (Eds.) American Psychiatric Pressreview of 

    psychiatry(12),273-303.Washington, DC;American Psychiatric Press.  

・John Brier., Jon Conte .(1993). Self-reported amnesia for abuse in adults molested as     

    children. Journal of Traumatic Stress , 6(1), 21-31.

・Judith Lewis Herman. (1992). Complex PTSD:A Syndrome in Survivors of Prolonged 

 and Repeated Trauma. Journal of Traumatic Stress, 5, 377-391.

・Kevin F.W. Dyer. (2009) . Anger, aggression, and self‐harm in PTSD and complex

   PTSD.Journal of Clinical Psychology.65(10),1099-1114.

・McDonagh-Coyle. A., Friedman,M., McHugo,G., Ford, J.D., Mueser. (2005).

    psychometric  outcomes of a randomized clinical trial of psychotherapies for PTSD-SA.   

    Journal of Consulting and Clinical  Psychology,73, 515-524.

・Marylene Cloitre ., Bradley C. Stolbach ., Judith L. Herman.,Bessel van der Kolk., Robert 

     Pynoos., Jing Wang., Eva Petkova. (2009). A developmental approach to complex 

    PTSD: Childhood and adult cumulative trauma as predictors of symptom complexit.

    Journal of  Traumatic Stress, 22(5), 399-408.

・Nobuyori Oshima., Hiroshi Yonezawa., Masumi Matsuura ., Toshinori Nakamura ., 

    Fumio Kuto ., Takefumi Yoshimoto., and Satoru Saito. (2001). FAP (Free from Anxiety 

    Program)- A New Trauma Therapy. Japanese Journal of Addiction & Family,18, 529-

    536.

・Pitman, R.K., Alman,B., Greenwald, E., Longpre,R.E., Maccklin, M.L., Poire, R. E.,& 

    Steketee,G. (1991). Psychiatoric complications during flooding therapy for post 

    traumatic stress disorder. Journal of Clinical Psychiatry, 52 , 17-20.

・Rothbaum,B., Meadows,E., Resick,P., & Foy,D. (2000). Cognitive behavioral therapy. 

    InE. Foa,T. Keane, & M. Friedman (Eds), Effective treatments for PTSD: Practice 

    guidelines from the International Society for Traumatic Stress Studies(pp.66-83) New 

    York Guilford.

・Shizuko Ohtsuka., Nobuyori Oshima.(2018). Efficacy of trauma therapy Clinical study 

   on FAP therapy for psychological trauma. International Society for Traumatic Stress 

    Studies 34th Annual Meeting,Washington, DC. 

・Shizuko Ohtsuka., Nobuyori Oshima. (2019). On the Effectiveness of FAP Therapy in  

    Complex PTSD. International Society for Traumatic Stress Studies 35th Annual

    Meeting,  Boston.

 

・大塚 静子. 大嶋 信頼, 複雑性PTSDに対するFAP療法の有効性 児童虐待(身体・ネグレクト)のトラウマへの短期的アプローチ, 第36回国際トラウマティックストレス学会, アトランタ,2020


(Shizuko Ohtsuka, Nobuyori Ohshima:On the Effectiveness of FAP Therapy in Complex PTSD A Short-term Approach to the Traumas of Child Abuse (Physical Abuse and Neglect), International Society for Traumatic Stress Studies 36th Annual Meeting, Atranta,2020)

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