アダルトチルドレン 2025/10/11 (土) 12:44 PM
日々、様々な方々の回復される姿を拝見しています。本来の私の姿に戻っていかれるステップは非常に痛快かつ、素晴らしい~!て事を実感致します。ご自分に優しく労わりながら、ご自分を主体として生きていかれる世界は美しく輝いていらっしゃいます。
「自由に生きる」という時、「原家族の中でご自分がどういう立ち位置にいさせられたか?」という事を見ていく事は大切なポイントだと感じます。
その多くは上の世代からの苦しみや、親自身が抱えきれなかったトラウマの負の感情を、子供の代が請け負ってしまっている場合があるからです。本来は能力が高く可能性があっても、機能不全家族の中で生き抜いていく時、上の世代からの苦しみを背負わされることによって「自由に生きる力を奪われる」という事があるかも知れません。
多くは親よりも能力があり、優秀である子供の存在。その子供の自由な世界と可能性を親は生きられない怒りと嫉妬。親は色々な理由づけで剥奪する(虐待)という事が、機能不全家族の中で起こっているように感じます。
そういった理不尽な家族システムで生きる時、親の嫉妬や苦しみ、フラストレーションを吐き出すために子供は感情の受け皿として存在させられる事で、心の中に親の怒りを内包してしまうという事があるかも知れません。
そして本来の可能性ある自由な姿とはかけ離れた姿に歪められてしまう。その歪められて姿が自分と思ってしまっている。
また子供が貶められた姿で生きる時、周りの家族メンバーは、その事で下駄を履かせてもらって優位に立つポジションの中で、子供がスケープゴートとして存在する事で成り立つ家族関係が出来上がっていくのです。
子供が陥れられ問題を抱えてしまう。それによって家族メンバーが自分達の問題を見ないで済む。だけれども本質は全く違うのですよね。
可能性と自由を感じられない親達の苦しみと怒りを子供が背負い、そして自分達の限界を受け入れられない親の怒り(嫉妬)を請け負わされ、それによってトラウマの問題を抱え本質を歪められているだけなのですよね。
親は自分達の人生を自分の力で引き受け改善する力がないから、「子供」という存在を利用して自分達の生き方に下駄を履かせてもらって生きているかも知れません。
子供よりも知能の低い親は、能力の高い子供を陥れる事で親自身の人生を生きようとするのかも知れません。だけどそこには「自由」は無いのですよね。
身近な子供を踏み台にて生き続ける事によって孤独へとなってしまう。その孤独を隠し「仮面」を被り、演じながら生きる人生を強いられるのかも知れません。
そんな事が機能不全家族の裏側に流れているストーリーがあるかも知れません。親自身が自由に生きられなかった怒り、嫉妬を手放していく。そうしていく事で、ようやく本来の”私”の姿に戻っていく事ができるのかも知れません。
ご自分はあの親とは別の存在であり、違う世界を生きられる可能性のある存在である事を認識しながら、広い世界を生きていかれるのです。
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【執筆者情報】
大塚 静子
資格
所属学会
経歴
研究実績
研究実績はこちらをご参照下さい。
著書
『甦る魂』はこちらをご参照下さい。
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