FAP療法, アダルトチルドレン, カウンセリング, トラウマ治療, 横浜, 複雑性PTSD 2021/12/18 (土) 2:39 PM
時々私はバンデアコーク先生の動画をお昼ご飯を食べながら聞いています。
「あ~! バンデアコーク先生だ~♫」って感じです。
先生はトラウマ、特に幼少期からのトラウマの問題について熱心に語っておられました。PTSDの問題と幼少期のトラウマの問題との差について仰っていたかと思います(?)。
PTSDの問題はシンプルだけれど、幼少期の発達的なトラウマの問題は大人になってから人が生きる上で複雑に色々な問題が絡み合ってしまうと。多くの研究者がPTSDの研究に力を入れているけれど、本当に大切なのは発達的なトラウマの問題についての研究なんだと。
アグレッシブに熱く語っておられて「う~ん、先生素敵です~!」ってお昼ご飯を食べながら思っていたのでした。
幼少期のトラウマの問題は、生きる上で色々な側面において影響を及ぼすと言われています。だからこそ「本来の”私”の姿」で生きることが難しくなってしまうのですよね。
ですので自分が考えている事は、実は「本来求めているものじゃない」ことだったりして、それによって振り回されてしまう場合もあるように思います。
頭で考えている部分(意識)と無意識で思っている部分の差で、生きづらさが出来てしまうことがあるように思います。トラウマ治療の回復では、この”私”が本来求めている無意識の部分が使えるように、心から求めているモノのために生きていける事なのだなって思います。
ご来室される方々は、”私”の感覚でもって”私”が主人公の人生を歩んでいかれるようになります。他の誰でもない、”私”が求めている事のために生きるようになられます。
その姿は非常にパワフルで美しいのですよね。
トラウマの問題を抱えていますと、トラウマの問題(対人関係、自尊心、世界観)を乗り越えていくことが人生の主題となって、そのそれらの問題に翻弄されサバイブする事が人生の目的となってしまう場合があります。
そしてトラウマによって「他人軸」で生きる癖がついてしまっている。
だから自然とご自分が求めている事って「私以外の○○さんの希望を叶える」事だったりする場合もあります。
すると蟻の話ではないですが「働きアリ」、「普通のアリ」、「ナマケモノ」の蟻の3つのカテゴリーの中の「2・6・2」の下の2にどうしても追いやられてしまうのですよね。
上の働きアリのストレスを請け負ってしまうポジションに追いやられてしまうのです。「上の2」が自由に生きるための支え手として生きる展開となってしまう。
私自身の当初の生きる目的は、周りの人達の希望を叶える存在としてい生きるという事でした。それは私の周りにいる人達が、都合が良い様に生きるというポジションでした。
本気でそれを思っていて、それが出来ない事に申し訳なさと罪悪感を感じて「足りていない」と思っていました。あの頃の人間関係は、語弊がありますが周囲の人から力を奪われる関係だったと振り返って思います。
自然と自分が人間関係の中での底辺の存在としている。
そんな風に思っていました。「いい子」「いい人」だけど本質的には、周りにとって都合が良い存在として生きるだけだったように思います。
周りにいる人たちが、自分で自分を満たすモノを私を使って満たして欲しいとなっていた。そういった人間関係があったように思います。
幼少期からのトラウマの回復と思う時、段々と甘んじて「下の2」のポジションを選ばなくなってくるようになって来ます。そしてそのような人間関係は自然と回避するようになってくるのです。
安全な人間関係を構築しながら、信頼とリスペクトの関係が作られて行くのです。その安全な土壌の中で、”私”はスクスクと育ち大きく成長して行くのです。
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【執筆者情報】
大塚 静子
資格
所属学会
経歴
研究実績
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