コラム 2025/10/24 (金) 11:10 PM
自分のやさしさのせいで苦しんでいる。そのやさしさが、実は自分に無理な我慢をさせたり、怒りの感情を抑え込むものだったり、対人関係の不安や脅威を追い払うものになっていないでしょうか。あるいは、「○○さん、本当にやさしい」を他者から言われ続け、それを実践しないとヒトの期待を裏切るものとして、やさしさを厭々実行してたりはないでしょうか。
自分のやさしさでひどい目にあう、損ばかりしている、今回はやさしさをやめたい人のカウンセリングのお話です。
やさしさが肯定に自分に向かってゆくと心も体も楽で健康的になってゆきますから、自分にやさしくて怒り出す人を見つけるのは至極難しいでしょう。
自分へのやさしさが正常に機能していれば、やさしさは幸福感や充実感の入り口として機能するでしょう。
「自分にやさしい」は自分が発信源のはずです。 自分への優しさは休む、寛ぐ、ゆったりする、癒される、趣味や推し活に没頭するなどの言葉で表されるでしょうか。
そんな時の感情は自分が感じるもので、誰か他者に代行させることなど無意味であると思うものです。
こんな単純な答えをほとんどの人がわかっているにもかかわらず自分に優しさが向かわずに、自分以外の他者に優しさを浪費してしまうことはないでしょうか。
他者がいない自分などありえない。無に等しい。他者の役に立って喜んでもらう。これもひとつの喜びに変わるときがあります。
が、人の期待に応える行為を軸にして人間関係を続けると、裏切った裏切られたという感情を常に天秤にかけたり、自己採点を常にすることになりますから、自ずと完璧を求めて対人関係で無理やトラブルが発生しやすくなります。
そのおかげで、優しく振る舞った相手の前では常に優しさを演じていないと、「怒られる、嫌われる、私は嘘つきで裏切り者だ」という自己否定感が増幅して怖くなったり、不安になったり、恥ずかしくなったりする場合は、トラウマの問題を疑いましょう。
気前がいい、犠牲になる、相手をかばう、世のため人のため あれもこれも完璧にしなければ こうした振る舞いはカッコいい、モテる、人気者、優れているという印象やイメージがあり、このイメージを演じていないと非難や無視、嫌われたりするのではという不安が原動力になり、無理がたたるようでしたらご注意ください。
他者に消費されるあなたのその優しさに耳を澄ませましょう。 するとこんな声が聞こえませんでしょうか。
「どうか怒らないで誤るから許してください」
「これをあなたにするから、わたしを大切にして」
「言うとおりするから、どうかぶたないでください」
誠実で思いやりのあるあなたをそんなひどい目にあわせたのは、一体、誰でしょうか。 あなたが不安なくその人から解放された時、本当に自分にやさしくなれる時です。
あなたが怖がらずにその人から自由になった時、対人関係で無理をしたり、相手のお願いを断れず悩んだり、辛い仕事を引き受けて評価されないと生きてゆけないと思ったり、石橋を叩きすぎるくらいミスはないかと確認したりすることが緩和されて楽になってゆくでしょう。
マイペース、気にしない、自分軸がある、自己中心的、誹謗中傷による攻撃も全く通用しない、攻撃されても直ぐに立ち直る、不快な助言にも「ありがとう!でも自分はこのやり方しかできないんです」と対立せず感謝を伝える心がある。
自分にやさしくなれない人は上に挙げたような行動に不安や恐怖を感じます。
「そんなことしたら人間が激怒する!」
そして、人間関係全般が人間恐怖のトラウマを軸に行動させられていますから、自分を楽しんだり表現することが後回しになってゆく傾向があります。
優しさに振り回される人は「どうしてみんな苦しんでいるんだ。こんな地獄絵図から私は救われたい」というメッセージが隠れています。
共感能力が高いために人の苦しみを自分のことのように捉えてしまう、いわゆる共感性疲労が共感性地獄となって人間関係が見えてしまうからです。
首を突っ込まずに、人との距離を程よく置けていればよいのですが、その地獄救出作戦に使命感を持って人に役立つ自分ばかりを求めては空振りばかりしますが、何度も同じ罠にかかり、優しさ行為がやめられません。
「やさしさ」=「私が苦しむこと」という無意識の信念が、対人関係で感情的なトラブルに発展し、「こんなに苦しんで尽くしたのに何も見返りもない」という恨みが生まれるでしょう。
その共感性が自分へ向かう共感性として機能すれば、どれくらい生きやすかっただろうかという判断に到達できない程、認知の歪みは他者へのやさしさを手放せません。
優しい人の頼みやすい雰囲気をズルい人間は読みとります。 この人なら頼める。この人なら許してくれる。この人ならお金を貸してくれる。この人なら手伝ってくれる。この人なら保証人になってくれる。
この人ならなんでもやってくれる。 「この人なら=あなたなら」と言われた時に、自分が特別な人間として相手に思われているような、愛情の錯覚を起こさせる罠が仕掛けられていますが、裏を返せば、「この弱そうな人間になら何でも頼めるぞ」と相手の無意識が判断してあなたに近寄っているかもしれません。
他者よりも上に立ちたいという権力欲は、どんな人間にもあります。あなたの中にもその権力欲はありますし、相手と対等か、あるいはそれ以上に狡さを実践できる自由があります。
けれども、やさしさをやめて急激に自分が変化したら、今まで付き合ってきた人との接し方が混乱すると大きな不安を抱えてはいないでしょうか。 対人トラウマによる人への過剰なやさしさが、やめたいのにやめられないあなたのその不安を緩和するお役立てができるカウンセリングで、健康的な狡さを育ててみてください。
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【執筆者情報】
大塚 静子
資格
所属学会
経歴
研究実績
研究実績はこちらをご参照下さい。
著書
『甦る魂』はこちらをご参照下さい。
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