児童期性的虐待のトラウマと回復 2024/11/26 (火) 9:31 PM
児童期性的虐待のトラウマについて、その後遺症とその回復について述べていきたいと思います。世界中でこの児童期性的虐待のトラウマについて、当事者の人生に対する破壊的影響ついて多くの臨床家、研究者達は研究を通じ問題提起しています。
「子供」という立場で、性的虐待のトラウマを負ってしまう事で、大人になってから複雑性PTSDをはじめとする様々な問題を抱え、人として当たり前の人生を破壊されてしまうという事を筆者自身も強く感じております。
このコラムの中では当事者のあるべき姿を、児童期性的虐待の精神的影響について研究者達の研究を紹介しながら、その中核的症状としての複雑性PTSD、そして複雑性PTSDの回復のメカニズムについて述べていきたいと思います。
児童期性的虐待のトラウマ治療の可能性と展開について述べていきます。
児童期性的虐待の後遺症では、複雑性PTSDをはじめ様々な精神症状を抱える事について、多くの研究で報告されている。
斉藤(1998)は776人の女性を対象として児童期性的虐待の研究を行っている。
全体数のうち161名(20.7%)は児童期性的虐待が受け、そのうち123名(76,4%)は家庭内性的虐待の被害者であったとしている。性的虐待を受けた被害者(123名)のうち、70名が重症度の高い深刻な性的虐待被害を受けていたと報告している。
また家族外性的虐待では単発被害が全体の6割を占めるのに対し、家庭内性的虐待では頻回で長期に及ぶものが多く、1年を超えるものが45%にも達していたと述べている。
重症度の高い群(70名)についてみると、被害が1年以上にわたって続いた者が61.4%に達していると報告している。児童期性的虐待でも家庭内で生じる重度なものは1年以上にわたって慢性的に繰り返される傾向があると述べている。
つまり、重症度の高い児童期性的虐待が家庭内という密室の中で起こり、そしてそれらは1年以上の長期に慢性的に繰り返されてしまうと現実があるのです。
またShannon Lynchら(2024)は、刑務所にいる女性146人を対象に児童期性的虐待の既往歴を調査し、そして大人になってから性被害やPTSD、解離性障害、物質依存等の問題にどう影響を及ぼすかについて研究を行っている。
研究では全体の73%の女性が児童期性的虐待のトラウマを抱え、そして全体の半数が大人になってから性被害にあっていたと報告している。そして全体の20%は解離性障害の問題を抱え、70%が依存症の問題を抱えていたと報告している。
これらの事を考えると、児童期性的虐待の問題は大人になってからの様々な精神的問題に影響を及ぼしている事が考えられます。そして性的トラウマを再演してしまい、児童期のトラウマが大人になってから更にトラウマへと転じてしまう事も、この研究から見えて来ます。
Yu Jinら(2022)は、中国における大学生を対象とした児童期性的虐待のPTSDの症状、その他、精神症状の関連性について研究している。児童期性的虐待を受けた経緯のある96,218人の大学生を対象に研究が行われた。その中で精神病、PTSD, うつ病、不安障害の状況について測定し、これらの症状とトラウマ関連性、男女性差について調査して行った。
結果として男性被害者と比較すると女性は、より鬱、不安、PTSDを罹患する事が高く、そして一方男性は精神病を罹患する事が高く出ているとしている。さらに児童期性的虐待のトラウマと精神病、抑うつ、不安、PTSDは関係性があるとしている。
数々の児童期性的虐待の研究の中で見えてくる事があります。
それは逃げ場の無い「家」という状況下で、子供という自ら力を持って外に出て行く事が出来ない立場で、性的虐待をしてくる親に依存せざるえない環境で子供時代を生きさせられるという事です。それによって性的虐待が長期化してしまうという現実が、研究から示唆されます。
結果、大人になってから児童期性的虐待の後遺症として、複雑性PTSDをはじめとする様々な精神症状を大人になってからも抱え、人生を生きていかねばならないという事が引き起こされてしまうのです。
児童期性的虐待の研究では、長期化するトラウマは複雑性PTSDの発症を引き起こし、前の研究論文にもある様に鬱、不安障害、精神病、解離性障害、トラウマの再演としての性被害などの問題に発展してしまう事が、この児童期性的虐待の一番の問題点であると考えられます。
この児童期性的虐待の後遺症に対する、的確なトラウマ治療を進めて行くという事が非常に重要となってきます。その中で長期的なトラウマ、複雑性PTSDをいかに有効に進めていくかが重要なポイントであると考えられる。
以下、複雑性PTSDについて、そのトラウマ治療の難点などについて述べていきます。
性的虐待トラウマ治療の可能性と展開について述べていきます。
複雑性PTSDはアメリカの精神科医ジュディス・ハーマンによって提唱された概念です。暴行、性的虐待、家庭内暴力、拷問及び戦争のような長期の対人関係のトラウマに起因する状態を指しています。複雑性 PTSDは感情面、対人関係の機能等の多くの領域における慢性的側面で問題を抱える事が特徴です。
その症状として感情調整障害、解離症状(自分の感覚が麻痺してしまった状態)、身体愁訴、無力感、恥の感覚、絶望感、希望が持てない、永久に傷を受けた感覚、自己破壊的および衝動的行動、これまで持ち続けてきた信念の喪失、敵意、社会的引きこもり、常に脅迫され続けている感覚、他者との関係の障害、その人の以前の人格状態からの変化等が含まれます。
複雑性 PTSDは最も一般的に、逃れることが困難もしくは不可能な状況で、長期間・反復的に、著しい脅威や恐怖をもたらす出来事に曝露された後に出現します。(例:拷問、奴隷、集団虐殺、長期間の家庭内暴力、反復的な小児期の性的虐待・身体的虐待)
複雑性PTSDは世界保健機構(WHO)が発行する、疾病及び関連保健問題の国際統計分類(ICD)の第11版に初めて診断基準として記載されています。
複雑性心的外傷後ストレス障害の診断基準は以下になります。
診断はPTSDの診断(再体験(フラッシュバック)、過覚醒、回避麻痺症状)
に加え、以下の様な深刻かつ持続する症状によって特徴付けられる。
1)感情コントロールの困難さ
2)トラウマ的出来事に関する恥辱・罪悪・失敗の感情を伴った、自己卑下・挫折・無価値感
3)他者と持続的な関係を持つことや親近感を感じることの困難さ
これらの症状は、個人・家庭・社会・教育・職業・その他の重要な領域で深刻な機能不全をもたらしている。
複雑性PTSDの特徴は、PTSDの3つの症状(再体験(フラッシュバック)、過覚醒、回避麻痺症状)に加えて上記3つの症状がある事です。この3つの指標はDisturbances in self-organization (DSO)と呼ばれています。
多くのトラウマ治療に関する研究が行われていますが、PTSDに対する有効性が確認されても、複雑性PTSDの改善には十分に改善がみられない研究もあります。
また複雑性PTSDはPTSDと比較すると、治療の難易度が高いとされています(Alexandra Howard et al., 2021)。 児童期性的虐待のトラウマ治療を効果的に進めるには、複雑性PTSDをどう効果的に治療して行くかが大切なポイントになると考えられます。
そしてその為にはPTSDと複雑性PTSDとの症状の差の部分、つまりDSO(Disturbances in self-organization)をいかに効率よく治療効果を出せるかが重要であると考えられます。
次に児童期性的虐待の中核となる、複雑性PTSDの治療を進める上での難点について述べていきます。
児童期性的虐待の主軸の症状として考えられる複雑性PTSDは、以下の3つの難点があると考えられます。
*複雑性PTSDの治療の難点
1. 重症度が高い(Martine Hebert 2024)
2. 治療が長期化してしまう
3. トラウマ性健忘の問題
James A.Chu MD (2011)は、複雑性PTSDの治療は、その症状(希死念慮、自傷行為等)が重症である事から、その治療は難易度が高く治療期間が長くなってしまう傾向があると述べています。
またMartine Hebert ら(2024)の児童期性的虐待を受けた児童を対象とした研究では、PTSD、複雑性PTSD、その他の3つの診断カテゴリーで複雑性PTSDの群が、一番対人関係のトラウマを抱え重症度が一番高いと報告されている。
複雑性PTSDは、幼少期からの長期的なトラウマが背景となる為、トラウマの記憶が欠損しているトラウマ性健忘の問題も起こってきます。
児童期性的虐待のトラウマの問題を解決して行くには、これらの3つの難点をどう効果的にアプローチしてくかが治療の鍵となると考えられます。
FAP療法(Free from Anxiety Program:不安からの解除プログラム) は、2001年に大嶋 信頼 先生によって開発された心理療法です。PTSDの諸症状や恐怖症の克服等に劇的に効果を示します。トラウマ治療研究の盛んなアメリカでは、トラウマ治療の方法としてEMDR、TFT等の心理療法があります。FAP療法はその中の一つとして位置付けられています。
FAP療法の特徴として以下が考えられます。
トラウマ治療の中で詳細にトラウマのエピソードについて詳細に思い出す事がない為、トラウマ治療を継続して行くことに苦痛を感じる事が無い特徴があります。また短期間で問題のトラウマについてアプローチして行く事が可能となる為、上記に記載した児童期性的虐待から派生する複雑性PTSDをはじめ、様々な症状を改善して行く事が可能となります。
トラウマの性質としては、先に述べたようにトラウマ性健忘の問題があり、重篤なトラウマについてはその記憶が思い出す事が難しくなってしまう可能性が考えらます。それゆえに適切に中核的なトラウマ問題を治療する事が、難しくなってしまう壁があると考えられます。
これらの児童期性的虐待を背景とする複雑性PTSDの治療の難点について、FAP療法を用いる事で、このトラウマ治療の壁を越えていく事が可能となると考えられます。
*FAP療法の特徴
1. 苦痛がない
2. 短期での治療が可能 (Ohtsuka et al 2020)
3. 治療効果は持続する(Fumio Kuto 2003)
4. トラウマに関連する記憶と感情が整理され、解離症状が改善する
(Nobuyori Ohshima2001)
*FAP療法のメリット
1. 安全
2. 短期間で効果が期待できる
3. セラピストの技量によって影響を受けない
4. トラウマ性健忘の問題にもアプローチできる
著者(大塚 他 2023) は児童虐待を背景とする複雑性PTSDの問題に対し、FAP療法の有効性を研究した。児童虐待の既往のあるケース12人に対し、FAP療法を用いて複雑性PTSDに対する治療効果について測った。
平均面接回数6回と短期の介入において、複雑性PTSDの診断がついていたケース6人中5人は、複雑性PTSD・PTSDの診断が付かない状態まで改善した。また鬱を測るBDI-IIでは介入後、臨界値以下の正常範囲レベルまで改善した。
この研究の中でFAP療法は難易度の高いとされる複雑性PTSD、特にDSO(Disturbances in self-organization)の3領域(情緒不安定、対人関係問題、否定的自己観)や鬱に対し短期間で効果がある事がわかった。
これらの事から児童期性的虐待のトラウマ治療では、FAP療法を用いトラウマ治療を進める事で短期に安全な形で回復していく事が考えられた。
以上、トラウマ治療としての FAP療法について述べて来ました。
児童期性的虐待のトラウマをいかに効率的に安全に治療を進めるという事が、児童期性的虐待の後遺症から脱却していく上で非常に重要となってくると考えられます。
これまで児童期性的虐待のトラウマとしての後遺症の問題。そしてそこからの回復について述べて来ました。
著者自身の児童期性的虐待の回復について、著書『甦る魂:児童期性的虐待の回復と冒険物語』を出版させて頂きました。児童期性的虐待のトラウマから回復されたいと、ご希望の方、ご参照下さいませ。
カウンセリングをご希望の際、ご予約サイトからお申し込み頂けます。
【執筆者情報】
大塚 静子
資格
所属学会
経歴
研究実績
研究実績はこちらをご参照下さい
著書
『甦る魂』はこちらをご参照下さい
参考文献
1)Alexanra Howard et al. (2021). Prevalence and treatment inplications of ICD-11 complex PTSD in Australian treatment –seeking current and ex-serving military members. European Journal of Psychotraumatology,12,1-13.
2)Fumio Kuto . (2003). FAP (Free from Anxiety Program) in the Clinical Practice of Psychosomatic Medicine – II. Statistical Examination and Thoughts on Techniques. Japanese Journal of Addiction & Family, 20, 173-196.
3)Martine Hebert, Laetitia Melissande Amedee & Amelie Tremblay Perreault,(2024). Identifying PTSD and Complex PTSD Profiles in Child Victims of Sexual Abuse, Journal of Child Sexual Abuse, (1) 381.
4)Nobuyori Ohshima., Hiroshi Yonezawa., Masumi Matsuura., Toshinori Nakamura., Fumio Kuto., Takefumi Yoshimoto., and Manabu Saito. (2001). FAP (Free from Anxiety Program)—A New Trauma Therapy. Japanese Journal of Addiction & Family, 18, 529-536.
5)Shannon Lynch, Shelby Weber, Stephanie Kaplan & Elizabeth Craun (2024). Childhood and Adult Sexual Violence Exposures as Predictors of PTSD, Dissociation, and Substance Use in Women in Jail, Journal of Child Sexual Abuse, 33 (4).
6)大塚 静子, 大嶋 信頼, 複合性PTSDに対するFAP療法の有効性について,第35回国際トラウマティックストレス学会, ボストン,2019
(Shizuko Ohsuka, Nobuyori Ohshima: On the Effectiveness of FAP Therapy in Complex PTSD,International Society for Traumatic Stress Studies 35th Annual Meeting, Boston,2019)
7)大塚 静子. 大嶋 信頼, 複雑性PTSDに対するFAP療法の有効性 児童虐待(身体・ネグレクト)のトラウマへの短期的アプローチ, 第36回国際トラウマティックストレス学会, アトランタ,2020
(Shizuko Ohtsuka, Nobuyori Ohshima:On the Effectiveness of FAP Therapy in Complex PTSD A Short-term Approach to the Traumas of Child Abuse (Physical Abuse and Neglect), International Society for Traumatic Stress Studies 36th Annual Meeting, Atranta,2020)
8)大塚 静子, 大嶋 信頼,いじめのトラウマに起因する複雑性PTSDを抱えるケースへFAP療法を用い介入した事例, 第32回国際トラウマ会議,ボストン,2021)
(Shizuko Ohtsuka,Nobuyori Ohshima:A Case of Successful Intervention Using the FAP Therapyfor Complex PTSD Arising from Bullying Trauma, 32th International Trauma Conference, Boston, 2021)
9)大塚 静子, 大嶋 信頼, FAP療法のトラウマ治療研究,第33回国際トラウマ会議, ボストン, 2022.
(Shizuko Ohtsuka, Nobuyori Ohshima : FAP Therapy in Trauma Treatment, 33th International Trauma Conference, Boston, 2022)
10) 大塚静子, 大嶋信頼,複雑性PTSD (DSO) に対するFAP療法を用いたトラウマ治療研究,第39回国際トラウマティックストレス学会,ロスアンゼルス,2023
(Shizuko Ohtsuka.,Nobuyori Ohshima.(2023). A Study on the Use of the FAP Therapy in Trauma Treatment for Complex PTSD (DSO). International Society for Traumatic Stress Studies 39th Annual Meeting, Los Angeles)
11) Yu Jin, Shicun Xu, Yinzhe Wang, Hui Li, Xiaofeng Wang , Xi Sun & Yuanyuan Wang.(2022).Associations between PTSD symptoms and other psychiatric symptoms among college students exposed to childhood sexual abuse: network analysis, European Journal of Psychotraumatolgy, 13(2).
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