Home > スタッフブログ新着一覧 > コラム:五月病

コラム

コラム:五月病

コラム   2024/05/08 (水)  4:33 PM

五月病:重症化という問題 

五月病などの季節病の原因は、環境や気候、気圧の変化による自律神経の乱れなどとであるとよく言われています。しかし、人間は五月になるとみんながみんな、五月病になっているわけではありません。 

 

最近では4月病なども耳にしますが、4月、5月という月単位で分類されると、原因はすべて気候、環境、気圧と括られて、 「どうして私は季節病が人よりも重症化するのだろうか?」という事の本質を見逃してしまいます。問題なのは五月病が重症化するということです。 今回はトラウマの視点から五月病について書いてみました。

5月病:「ずっと休んでいたい」と「休みを休めない」の心理 

 

ずっと休んでいたいという思いが強すぎて五月病になってしまう。 休みは楽しすぎたから、明日からの職場の緊張感は思い出すだけでも気分が悪い。このままずっと休みたい。その休みたいが愛おしく、明日から仕事がはじまると思うと、休みが恋しくて、何かホームシックにでもなったような寂しさを感じるかもしれません。 

 

休みを休めていない。大型連休と世間は騒いでいる。私は休み方を知らないということを知らない。休み?それはどんな意味なの?でも、休んでいるフリをしていないと、変な目で見られるかもしれない。 

 

ああ、休みが終わってしまう 。

 

あれもやりたかった、これもやりたかった、何もできなかったし、何処にも行かなかった、出掛けたけど混んでいるだけでいつもと変わらなかった。むしろ普段よりも疲れた。 

一体何がしたかったのか自分にもわからない。ああ、明日から仕事か、、、 

 

このような強い不全感とホームシックのような寂しさを人一倍強く感じる人は、五月病に罹患しやすいのかもしれません。 

5月病:過剰適応があからさまになる季節 

五月病という言葉は、うれしくない季節の風物詩で俳句の季語にまでなっています。 

 

入学や入社などで新年度の4月から続く緊張感が一か月程度継続していたのですから、心も体もくたびれない方が珍しいでしょう。それが大型連休のゴールデンウイークを境にして一気に脱力すると、GW明けの出社や登校で心も体も非常に重く感じてしまう。

 

自転車の5段ギアから1段ギアにチェンジできずに、5段で上り坂を上がるくらい体も心も重い。そんなだから、人と会話をしていてもイライラする。かと言って、不快な感情を相手に見せてはいけないと必死の作り笑顔をし続けますから、緊張感がずっと続きます。 

五月病はこんな感じでやって来るかもしれません。 

 

「新年度の4月には入学や就職、異動、クラス替え、一人暮らしなど新しい環境への期待があり、やる気があるものの、その環境に適応できないでいると人によってはうつ病に似た症状がしばしば5月のゴールデンウィーク明け頃から起こることが多いためこの名称がある。」とインターネットに書かれていますが、環境に適応できないのではなく、環境に過剰適応した人にとってはうつ病に似た症状が5月の大型連休以降に現われるのでしょう。 

 

緊張を形成していた環境因が連休によって弛緩すると、一気に過剰適応している自分の中の不快感が白と黒の色を並べたように映えてくるのでしょう。 

5月病:評価されたいという信念 

自転車のギアが一番重い5段ギアのまま、あなたは坂道を登ってしまう。電動アシスト付き自転車など、そもそもあれは自転車などと言えない。こうして重いギアのまま必死に漕げば、必ず私は報われるという信念が意識の深いところであなたに囁いていないでしょうか。 

 

この信念は要領よく楽に立ち回って自分の好きなものに時間を使うことをさせません。荒行ばかりで、結局、遠回りをしてしまいます。けれどもこの信念を手放せません。 

 

人から評価されたい気持ちは、養育者との愛着形成で、自己肯定感を親からもらえず、自己否定と見捨てられ不安によって形成されてゆきます。「いつか振り向いて評価される」や「前回はこれでスゴイって言ってくれたから、今度はもっとスゴイのを」という具合に、自分の「~したい」を無視して相手の評価中心で行動をします。 

 

相手はいつも良い評価をする訳ではありません。そもそも他人の評価ほど、気まぐれで不安定なものはありません。常に評価の渦の中で、洗濯槽の中のように360度かき回されている状態になりますから、目が回り、体調が芳しくないのも当然です。 

 

必要なことは、あなたの自然体を社会の中で安心させる作業です。これができると、過剰適応の問題が徐々に解決しますから、季節、環境の変化や出勤出社と休日の切り替えが非常に楽になります。 

五月病:嫉妬の感情からの解放 

世の中は嫌なことをしなければ、生活はできないし、みんなが許さない。みんな我慢してるんだ。 「欲しがりません。勝つまでは」 

 

戦中生まれの親に育てられた現在の50代から60代の世代は、親たちの戦争体験によるトラウマとしての道徳観を少なからず刷り込まれているのではと思う時があります。 

 

自分の好きなことだけやるは悪。我慢しながら真面目に手広くこなせるのが善という処世術は、過剰適応を育てている一つの原因かもしれません。 

 

「楽しいそうな人は許されない」、「言うとおりにできない子は我慢が足りない」という人間のあさましさをよく表す感情に嫉妬があります。誰もがこの感情をもっているのに、持っていいないフリをしています。不当な我慢を強いる嫉妬は、その起源がトラウマである場合もあります。 

 

「私は親から叩かれながら、我慢を教えられた」という感情は、次の世代のわが子に嫉妬を感じて虐待に発展するケースは多々あります。 

 

五月病で露見する心の重さや憂うつ、イライラ感や怒りなどの負の感情は、適応障害の名前で診断される場合が多いでしょう。しかし、社会に過剰適応させている私の感情の中のトラウマから解放されますと、自分が本当はどうしたいのかが見えはじめ、嫉妬の感情は減少します。そして、自分にとっての快不快の判断ができるようになります。 

 

心理カウンセリングの面接では、日常ではあまり意識することのない過去の出来事や家族の関係性、家族構成員の各役割、そこにつきまとう感情を、2つ前の世代までさかのぼりながら、治療を進めてゆきます。五月病で現れた過剰適応の疲労とそこに根を張っているトラウマの治療をご希望の方は、ご来室をお待ちしております。

 

●ご興味のある方はこちらからご予約を頂けます。

コメントは受け付けていません。

トラックバックURL

https://shizuko-o.com/kanri/wp-trackback.php?p=6838

ページトップへ戻る